小田原城の天守を木造で復原することに取り組んでいます。(H)

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小田原城天守事始め ~木造天守への道~


第16回 「小田原城三重天守引図」の様相

第7,8回で「小田原城三重天守引図」(以下、引図。原図は1/20)という図面と「東博模型」の類似・相違点についてご紹介しました。次回以降、この二つの史料をもとに軸部の組み立て方の検討を行いたいと思いますが、まずは引図についてのおさらいを…。

引図の重要性

既にご説明しましたが、引図が描かれた意図や年代は明確にはわかっていません。しかしその内容についてはこれまでに詳細な研究はなされていないと言っていいでしょう。下図は著者が引図に寸法を記入したものです。少々見にくいですが、全体の大きさを確認戴きつつ、赤で囲った毛筆跡についてご紹介します。

「小田原城三重天守引図」

「小田原城三重天守引図」


石垣上から軒桁(地廻り)上端まで75.0尺(約22.7m)で、3重天守としては異例の大きさです。筆跡については、これを模写された藤岡博士によって個人が推定され、それにより文政年間に描かれたものとされましたが確証はありません。

「小田原城三重天守引図」読み下し

「小田原城三重天守引図」読み下し


まず右上部の赤囲いの文章の意味ですが、おそらく屋根に載る鯱鉾(しゃちほこ)の大きさかと考えられます。高さ6尺、幅4.5尺とすれば姫路城天守のそれとほぼ同じ大きさです。右下は石垣上から初重軒桁上までの高さが記入されており、実際に寸法を測ると一致します。引図は文政年間に天守の再建計画があった際の設計図ではないかと推定されていますが、設計図であれば「~弐丈四尺八寸」という書き方をするか疑問が残ります。

引図を詳しく見ていくと、描かれた意図などを読み解く様々なヒントがあり、重要な史料であることを再確認できます。

次回から数回に渡り、いよいよ引図と東博模型からみた、天守の組み立ての手順を見ていきたいと思います。お楽しみに。

「小田原城三重天守引図」:小田原城天守閣提供
「小田原城三重天守引図」読み下し:『小田原城天守閣展示案内』より
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