小田原城の天守を木造で復原することに取り組んでいます。(H)

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小田原城天守を木造で建て替える方法(2)

前回の記事で、建て替えには多くの難しい点があることを記しました。普通の人が解決できるレベルではありません。行政の力も必要です。その行政の動きを整理してみました。


Odawarajo-elevation

小田原城天守東側立面図
(この図は小田原市経済部観光課より当会が許可を得て掲載しています。転載はご遠慮ください)


行政による耐震改修のあゆみ

国交省は、建物の耐震診断して改修するように[1-1]、という告示を2006(H18)年にしました。それに基づき小田原市は 2009(H21)年に「小田原市耐震改修促進計画」[1-2]を策定しました。

それから2年後の 2011(H23)年に東日本大震災が起きました。

東日本大震災を受けて、小田原市は、小田原城の耐震改修は喫緊の課題[1-3]として 2011(H23)年に「小田原城天守閣耐震改修等検討委員会」[1-4]を設置しました。これによって小田原城天守は2015(H27)年までに耐震改修を終える[1-5]という計画がスタートしました。

「小田原城天守閣耐震改修等検討委員会」の議事録は一般に公開されています。[1-4]

このような背景の中、2013(H25)年、2014(H26)年度に「小田原城天守模型等の調査研究」[1-6]が行なわれました。

小田原城の耐震改修に関連する出来事を時系列で箇条書きにすると以下のようになります。

  1. 2006年:国交省「建築物の耐震診断及び耐震改修を図るための基本的な方針」[1-7]
  2. 2007年:神奈川県「神奈川県耐震改修促進計画」[1-8]
  3. 2009年:小田原市耐震改修促進計画 [1-2]
  4. 2011-2013年:「小田原城天守閣耐震改修等検討委員会」[1-4]
  5. 2013-2014年:「小田原城天守模型等の調査研究」 [1-6]
  6. 2015年:小田原城耐震改修完了


小田原城天守模型等の調査研究

小田原市は、2013年度と2014年度に「小田原城天守模型等の調査研究」を行ないました。この調査は小田原市と神奈川大学(代表:西和夫[2-1])との研究委託事業として実施されました。報告書は以下のURLからアクセスできます。

・小田原城天守模型等の調査研究報告(最終報告)について」の資料1
<http://www.city.odawara.kanagawa.jp/global-image/units/230503/1-20150805150133.pdf>

・小田原城天守模型等の調査研究報告書
<http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I026643598-00>

どうしてこの調査研究が行われたかというと

これらの点を明らかにするためでした。


現在の天守が建てられた根拠

現在の天守は、1960(S35)年に市制20周年記念事業として復興されました。復元設計は、東京工業大学藤岡道夫工学博士[2-2]によるものです(藤岡氏は熊本城の天守復元もしています)。

復元の根拠は古写真と模型と図面でした。

古写真

模型

小田原城の模型は3つあることが確認されています。

図面

藤岡氏はこれらの古写真、模型(東博模型は、大久保模型と同一との判断だったようです)などの資料を用いて検討し、総体的な意匠構造は東大模型、平面規模は大久保神社模型、高さはその両者の中間とし、地下室を設け、観光利用目的のため 4 階部分の廻縁・高欄は三重目に設置することになりました(と、簡単に書きましたが、そこに至るまでの調査と残ってる資料も数多くあり、それらの一覧を見るだけでも当時の人たちの苦労と熱意が伝わってきます)。

写真の右手前が大久保模型で左奥が東大模型です(この写真は小田原市経済部観光課より当会が許可を得て掲載しています。転載はご遠慮ください)。

大久保模型

廻縁・高欄の設置については、当時の文部省文化財保護委員会から「本来小田原天守にはこれは無いはずだから付けぬが好ましい」と指摘されたそうです。しかしながら「市当局の現代的要求により三重目に回縁高欄を付けて展望の便を計」りました。このことは、のちに藤岡氏は、著作「城と城下町」の増補改訂版の中で「外観を損じてしまったのは遺憾の限りであった」と述べています。

復元の根拠等について詳しくは以下の資料をご覧ください。小田原城天守復元についてはこの資料を見ればすべて分かるくらいの素晴らしい資料です。古写真(天守の一重目の骨組みを残すのみの解体途中のものです)、模型、古図の写真と検討の経過、結果、復元計画案が載っています。ちなみに総経費の予算は1958年当時の金額で約7千万円だったようです(総工費は8千万といわれてます)。

復興天守閣の根拠資料
<http://www.city.odawara.kanagawa.jp/global-image/units/77101/1-20111209095159.pdf>


東博模型の重要性

現在の復元天守では参考にされなかった東博模型ですが、「小田原城天守模型等の調査研究」によれば、東博模型の重要性が説かれています。

東博模型こそが明治3年に解体された天守、「確実に存在した天守」の姿をもっとも良く伝えていると書かれています。

なぜ東博模型が「確実に存在した天守」の姿を伝えているのか。天保年間に書かれた 小田原・箱根を中心とする相模国の地誌「相中雑志」[3-1]によれば、天守三階に摩利支天などの天守八尊が祀られたとあります。その摩利支天を祀った空間は東博模型だけが合致しているのです。


今回はここまでです。


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脚注

[1-1]国交省は建物の耐震診断して改修するように:「建築物の耐震診断及び耐震改修を図るための基本的な方針」<http://www.mlit.go.jp/common/001020211.pdf>より。 【戻る】【トップに戻る】

[1-2]小田原市耐震改修促進計画:小田原市は、2006(H18)年に国土交通省から告示のあった「建築物の耐震診断及び耐震改修を図るための基本的な方針」及び「神奈川県耐震改修促進計画」(2007(H19)年)を受けて「小田原市耐震改修促進計画」 <http://www.city.odawara.kanagawa.jp/field/disaster/disaster/nature/seismi/sokusinnplan1.html> (2009(H21)年)を策定しました。 【戻る】【トップに戻る】

[1-3]小田原城の耐震改修は喫緊の課題:「第1回小田原城天守閣耐震改修等検討委員会」 <http://www.city.odawara.kanagawa.jp/global-image/units/73843/1-20111031143130.pdf>の市長のあいさつで「天守閣の耐震改修は喫緊の課題」と発言 【戻る】【トップに戻る】

[1-4]小田原城天守閣耐震改修等検討委員会: <http://www.city.odawara.kanagawa.jp/municipality/disclosure/singikaitounokoukai/council/keizai_sangyo/tennsyukaku.html> 【戻る】【トップに戻る】

[1-5]小田原城天守は2015(H27)年までに耐震改修を終える:「小田原市耐震改修促進計画」の中で小田原城天守等の建物は2015(H27)年までに耐震改修を終えることが書かれています。 【戻る】【トップに戻る】

[1-6]小田原城天守模型等の調査研究: <http://www.city.odawara.kanagawa.jp/municipality/disclosure/singikaitounokoukai/council/keizai_sangyo/tennsyukaku.html> 【戻る】【トップに戻る】

[1-7]国交省「建築物の耐震診断及び耐震改修を図るための基本的な方針」: <http://www.mlit.go.jp/common/000989071.pdf> 【戻る】【トップに戻る】

[1-8]神奈川県「神奈川県耐震改修促進計画」: <http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f6814/> 【戻る】【トップに戻る】

[2-1]西和夫: <https://ja.wikipedia.org/wiki/西和夫>。建築史家。工学博士。文化庁の文化審議会委員(2003~2008年度)。日本各地の史跡の保存活用や復元に大きな功績のある人。長崎の出島、栃木の足利学校 佐賀城本丸御殿の復原に尽力された。史跡行政にも精通。2014年に当会が主催した講演会では「小田原城天守模型を探る」という講演をしていただきました。そのときの様子の動画 <http://www.odawara-oshiro.org/web/videos/lectureMeeting.html> を是非ご覧ください。 【戻る】【トップに戻る】

[2-2]藤岡通夫: <https://ja.wikipedia.org/wiki/藤岡通夫>。西和夫は藤岡通夫研究室の出身。藤岡氏による復元天守は、和歌山城、熊本城、会津若松城、小田原城などがあります。小倉城、岩国城、大多喜城、中津城なども担当しました。 【戻る】【トップに戻る】

[3-1]相中雑志:天保年間(1840年前後)に書かれた小田原・箱根を中心とする相模国の地誌。 https://www.klnet.pref.kanagawa.jp/digital_archives/rekishibunken55/pdf/028souchuzashi.pdf 【戻る】【トップに戻る】


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